サロン紹介

【ヘアーライフなかの沿革】1937年現在地に中野守19歳で【理容なかの開設】1937年は太平洋戦争を目前に日中戦争が勃発した年。父は戦前、戦中、戦後、兵役期間中除いて、理容に携わりました。2000年【ヘアーライフなかの】中野加代子継承、皆様に支えられ交流できる事に感謝してふるさと筒井町の平穏な日々を願いつつ原点の清潔保持、身嗜み(すこやかさ)整えること。年齢層に応じた美意識、人生を重ねてきた肌と髪のケア。施術しながら癒しの空間、感染症対策を提供しながら日々努めてまいりたいと思います。又2012年~3年間、店を休業して北九州市の公立理容美容学校の存続や後進の育成に勤めさせて頂きましたこと感謝申し上げます。2025年当店は創立88年、世代交代して25年目経過の年、日々感謝して施術させて頂きます。
創立者(中野 守)は1945年/昭和20年/八幡大空襲によって支離滅裂の理容業者約350名の統合再建を図る再建委員として組合員の理容資材、消毒衛生の調達に奔走し理容組合員の研修施設、理容会館建設にも尽力しました。
後進の指導に強い信念を持ち理容、美容の専門性を高める為1955年/昭和30年/八幡理容美容学校設立準備委員の代表として設立を具現しました。後に北九州市教育委員会の管理する【北九州市立高等理容美容学校】に運営を移行。創立65周年(2020年)北九州市は諸問題を検討しながら民営化による経営継承する意向で公募により【令和3年4月1日~学校法人国際志学園へと経営譲渡】され名称も現在【九州CTB理容美容専門学校】に変更されました。
先代(父の公職と賞罰)
昭和39年3月 公衆衛生功労により県知事表彰
昭和46年5月 理容学校設立と運営功労により北九州市長表彰
昭和57年11月 環境衛生功労による厚生大臣表彰
【1955年昭和30年今から70年前に北九州市立高等理容美容学校が出来た理由】
「1947年(昭和22年)の学校教育法の制定施行!さらに厚生労働大臣が認めて指定した理美容師養成施設において必要な知識技能を修得した者についてだけ、国家試験を受ける資格を与えられること
当時旧八幡市では高校進学も就職も出来ない中卒者を対象に技能者養成所を開設していました。 当時、福岡県での理容養成施設は福岡市に1校あるだけで生徒定員が限られ通学に不便である為八幡地区に養成施設を設置したい強い願望から八幡理容組合に設立準備会を作り会費を徴収して設立資金、運動に当たって九州地区の全養成施設を視察、設立案を立案、教育委員会、市長、県知事、厚生省並びに関係各国会議員に陳情訪問繰り返しやっと技能者養成所に併設開校する事が出来、1年後の昭和31年に美容科も認可され現在に至りました。学校設立70年後の現在、北九州市立高等理容美容学校は2021年【学校法人国際志学園】へと経営譲渡され同場所で名称も【九州CTB理容美容専門】に変更、民営化され運営されています。
「文 中野守 学校創立40年記念誌より一部転載」